cigar


 スコープの小さな円の中で小柄な少女が突如姿を消した。
「おいおい」
一体ぜんたいどうなってやがる?!
 急いで周りをスコープで追えば、捉えた少女の影は少年の頭上にあった。小さな円の中で刀が煌めく。
 駄目だ、今狙撃しても当たらない。よしんば当たったとしても少女を止められないだろう。
 ウィルは悪態をつきながらライフルの引き金を引いた。

 キン、と音がして、刀は振り降ろされた。刀は少年を引き裂く。
「オウカ」
大柄な男の責める様な一際低い声に着物を着た少女――オウカが振り返る。
「行かせないため」
少年を行かせないため。オウカは刀を振り気持ち血糊を落とし、大柄な男に切っ先を向けた。
「殺したらそれどころでは済まない。彼は重要な存在だ」
大柄な男は厳しい表情でオウカを見据える。
 少年はこの国で唯一文字が書ける人間だった。この国には彼が必要だったのだ。
「テ―」
オウカが口を開こうというとき、彼女の鼻先を飛んで来たものがあった。それは壁にのめり込み、オウカは少女とは思えない俊敏さで後ろに跳んだ。
「ウィル‥?」
大柄な男の呟いた名前に素早く反応して、オウカは刀を構え直す。いつでも斬りかかれるように。


 さっきもそうだった。
 少年に斬りかかったとき。
 切っ先に何かがかすって僅かにぶれた。
 このメイズ・ホウエルとかいう男の連れに勘の良い狙撃屋がいた。たぶんそれだ。
「あなた達も行かせない」
彼らは抜ける気なのだろう。
 オウカは再び飛び上がった。
 メイズが後ろに退こうとするが無駄だ。前に出てきても左右どちらに行っても斬れる自信があった。
 肩、首のあたりを狙って刀に体重を掛けて振り降ろす、その時。
 僅かに香った匂いが、オウカを止めさせた。


 スコープの中、少女が再び姿を消したが、ウィルは少女の姿をしっかりと捉えていた。息を止め、ゆっくり引き金に掛けた指を引く。
 当たるかどうかは賭けだ。さっきのは頭に当たるはずだったのに、鼻先にかすりもしなかった。
 メイズの体が沈み込む。下からでかいのを食らわせてやるつもりなのだろう。
「当たんねぇかな」
しかし小さな円の中、少女が落ちた。



 月の照り返しに煌めく刀。メイズは目もくれずに腰を落とした。メイズには後ろに退がるよりは反撃がしやすい。
 振り降ろされた刀は美しいまでの軌跡を描いていた。が、突如それがぶれる。まるで避けるかのように、無理矢理軌道を変えようとしているように。
 そして刀は落ちた。銃弾を受けた少女と共にメイズの脇へ。


『何だあ?』
トランシーバーから相方の声がして、メイズはそれを手に取る。
「わからん。ウィル、そっちからはどう見えた」
『オウカが跳んで、弾に当たって落ちた。それだけ』
見れば、オウカはやっと起き上がろうとしていた。
 何故か、彼女はもう闘う気が無い様だった。




「どういうことだよ!!」
「ウィル。落ち着け」
喚くウィルの前にはメイズと、その後ろにちょこんとオウカが立っていた。
「何だってそんな物騒なガキを‥」
「敵意は無いと言っている」
メイズはそれ以上何も言わせないよう、高圧的に言って、先に歩いていってしまった。


fin.