硝煙と火薬と煙草

 戦いはフィールドに入るときから始まっている。
 円形のフィールドにはほんの気持ち程度に障害物がちらほら置かれ、地面は渇いた硬い砂地、見上げれば満員の観衆がこちらを取り巻いて見下ろしている。
「さア、本日の特別試合が始まりました!」
予定の試合は終わったというのにいまだ闘技場にこもる熱気を更に煽るがごとく、進行の声が響いた。
 メイズの向かおうとする先、フィールドのど真ん中には深青のローブに身を包み背の丈ほどの杖を抱えた少女が悠然と立っている。少女は足元にまだほんの子どもの白い竜を従えていた。メイズはその姿に、ワフクという着物を着ている少女を連想した。
「挑戦を受けるは本日のチャンピオン、ピア・スノウ!」
ローブを着た少女―ピアは紹介の声と歓声に杖を上げて応えた。
「じゃ、始めましょうか」
ピアの声と共に、フィールドの端で水柱があがる。



 くそったれ!
 フィールドの端、水柱があがった正にその場所で、金髪の青年―ウィルは内心激しく毒づいた。
 ウィルは敵であるピアから最も距離のあるフィールドの端でずっと彼女をライフルで狙っていた。接近戦を得意とするメイズと、旅の新たな同行者の少女の援護のために。しかし水に濡れてしまってはもう出来ることは何も無い。ライフルもウィル自身も水びたしで、弾薬が全て湿ってしまった。
「おおっと始まりました!まず一人無効化したようです。さて、対する挑戦者は」
「黙れ馬鹿野郎!!」
ウィルは観客と一緒に叫んだ。



「えー、挑戦者の紹介は後にして。おっ!挑戦者、果敢に攻めています!」
そうね、全く。果敢どころか私が押されてるわよ!
 ピアは進行の実況に舌打ちする。足を狙ってきた蹴りを際どいところで避け、呪文を素早く唱えて火の玉をお返しした。
 それを相手の大柄な男―確かメイズ・ホウエルとかいった―が体格に似合わない俊敏さで躱す。
 油断したな、と思う。相手の攻撃は隙を見せないし、途切れない。スタミナはこちらが不利なのだ。手を打たなければ早々にやられてしまう。
「この‥っ」
落ちてきた重い拳を杖で受け止める。杖が軋む。このまま力押しされたら避けられない。
 しかしピアは腹に衝撃を受けて吹き飛んだ。



 蹴りはピアの腹を直撃した。少女は吹き飛び、障害物に当たって着地した。
 少々やりすぎたかもしれない。しかし勝負事は別だな、とメイズは一人納得した。
 もう立ち上がれないだろうと思われた少女がよろよろと立ち上がったのだ。
 刹那、メイズは視界が傾いた。足元を見れば、硬いはずの地面が沼の水面のようにたぷたぷうねっている。
「…くそ!」
足は抜けそうもなかった。



 仲間が一人、また今二人が無効化されて、着物を着た少女―桜花は鞘から刀を引き抜いた。小柄な少女の身長より長さのある、真剣。
 桜花はピアの後方の障害物の影からひとっ跳びでピアに迫った。
 いける。そう思った瞬間、桜花の視界の端でピアの足元にいた子竜がかぱっと口を開いた。


 白い閃光の後、爆発。
 煙の後、フィールドの中に立っている者はいなかった。四人ともひくひく指先を動かせて倒れている。
「引き分け!!引き分けです!!残念ながらチャンピオンの本日の賞金は回収となりますが―‥」
闘技場には進行の声が掻き消えるほどのブーイングの嵐だった。


fin.