小さな町の中を響く歌声がある。
 濃い朝靄の中を歩く男の足音は靄に吸い込まれて消え、町の中には歌姫の高い歌声が響く。
 昨晩は人死にがあったらしい。
 男の声は歌声に呑み込まれて消え、男は街角の店の前で足を止めた。
 未だ薄暗い道にぼんやりとした灯りが窓からこぼれている。
 からん、乾いたドアベルが音をたてた。



「あの歌は何なんだい?」
昨晩町に着いたばかりの若い男は気になって仕方がない様子で喫茶店の店主に詰め寄った。
 店主は来客にいらっしゃいませと声を上げて水の入ったグラスを手にカウンターを回り込んで店の隅に陣取った男の元へ向かう。
 男はいつもの、と呟いて煙草に火を点けた。
 店主はカウンターの陰になっているコンロに火をかけフライパンに卵を落とした。
「町の外れにある人形オルゴールが歌ってるのよ」
油のはぜる音にやかんの鳴き声が重なる。
「人形オルゴール?」
若い男に、ええと相づちをうち、店主は片手でベーコンエッグを皿に載せた。
「大昔の悲劇の歌姫。言い伝えによると悲劇の末に永遠に動く心臓と永遠の喉を手に入れたらしいわ」
紅茶を淹れる手を止め店主は黒と赤の眼を細める。
「へえ。僕も螺を回してみようかな」
「止めたほうがいいわよ」
「え?どうして。オルゴールなんだろう」
「螺を回せるのは"大切なものを失くした"人だけだから。気になるなら調べてみたら。図書館に詳しい人がいるから」
店主はベーコンエッグの皿と紅茶、パンを載せた盆を右腕で抱え店の隅の男へと向かう。
 男は彼は回すだろうか、と呟いて紫煙を吐いた。
 店主は隻腕の肩をすくめて答える。
「どうかしら。今日はクロワッサンにしてみたのよ」


デュラハートディーバ



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お題借用元:カカリア
090419