日の登りきった町にはいくらかの人通りがある。周りを見回しながら歩く若い男は街角の店の前で足を止めた。足元にはランチのメニューが白いチョークで書かれた木の立て札、薄汚れた木の丸い看板が頭上で揺れている。若い男は喫茶店の店名を確認するとドアを押し開けた。ちりん、ベルが乾いた音をたてた。


 いらっしゃいませ。若い娘はカウンター裏のキッチンで、注文されたばかりのランチを仕上げる手を止め来客へ声を掛けた。
 若い男はカウンター席に座りランチを注文した。
「もしかして店主のお子さんですか」
「へえ、よくわかりましたね」
若い娘が笑顔で若い男に水の入ったグラスを差し出す。
「図書館の司書が、喫茶店の親子と言っていたから」
「なら彼と話したんですね。彼、他に何か言っていませんでした?」
「人形オルゴールの事で少し。喫茶店の親子は例外だって」
「ふうん。それで早速聞き出しに来たんですね」
「ジル!」
身を乗り出して話していた若い娘が慌てて背筋を伸ばす。カウンター奥のドアから店主が入ってくる。
 店主は店の隅を陣取った男にすみませんと声を掛け、カウンター裏にまわった。
「お母さん、この人図書館の彼に吹き込まれたみたい」
「それより早く注文されたものを出しなさい。お客さんが待ってるでしょう」
若い娘は小さく肩をすくめた。
「店の名前、娘さんのお名前なんですね」
「ううん。あれはお父さんの名前」
若い娘がトレーを手にカウンターをまわって店の隅に向かう。
「ええ、娘の名前はジルバよ。それで、何を吹き込まれたって?」
「喫茶店の親子は例外だと」
「ああ、それは、」
フライパンの上で油がはぜ肉の焼ける音。
 若い男が身を乗り出して店主の声を聞き取ろうとしているのを横目に、ジルバは店の隅の男にトレーを差し出した。
「あの人は回すかな?」
回すだろうね。男は呟いた。


生まれ堕ちた音に



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お題借用元:カカリア
090426