騎士とアップルパイ

 颯(サツ)・ローレンツが手に取ったリンゴは真っ赤に熟していた。王国首都エイローテで最も大きい大街道に連なる青果店の店先で、真黒い制帽と真黒い制服で身を固めた女の姿は浮いている。青果店の店員はじっと颯を、固唾をのんで見守っている。リンゴを見つめていた颯はリンゴを一つ、店員に差し出した。そして恐る恐るそれを受け取る店員に、
「これを一ダース頼む」
そう言って財布を取り出した。
「こんなに、どうするんですか?」
リンゴを袋詰めする店員に聞かれ、颯は肩を竦めて答えた。
「知り合いが甘党でね。毎日アップルパイを焼くものだから」
リンゴの詰まった袋を受け取ると、颯は腰の剣を揺らして歩きながら大街道の横道に入る。そこからまた横道に入り、商店の裏口が並ぶ裏道に入った。その奥に真新しい”診療所”の看板が掛かっている建物がある。颯はいささか乱暴に、入り口の戸を叩いた。しかししばらく待っても中から返事は無い。重たい袋を抱え直し、舌打ちする。颯は少し考えた後、診療所の向かいの建物の戸――明らかに裏口である――を乱暴に叩いた。返事が無いがノブを回して戸を押し開け、中に入る。
「スノウさん、入りますよー」
入った先には古びた大きな鍋が並ぶキッチンがある。そこに男の背中を見つけ、颯は腰にぶら下がっている剣を抜きたい衝動に駆られた――診療所にいるはずの人間がなぜだかこんな場所にいたのだから――が、生憎両手が塞がっていた。
「あら、ローレンツ大尉。そんな顔してどうしたんですか?」
リビングの方から金髪の女性が顔を覗かせる。
「アレイシア、私は今どんな顔してる?」
金髪の女性――アレイシアは颯に聞かれ、
「呆れて何も言えない様な…。疲れてます?」
僅かに気遣う素振りを見せたが、颯にはどうでもよかった。男がアップルパイを手に振り返ったからである。
「…お前はどうしてここにいる?」
颯の質問に、男は振り返った時の半笑いのまま固まって答えない。
「ちょっと、夫婦喧嘩はよそでやってよ。あと無断で入ってこないで」
アレイシアの後ろから、今度は黒髪の少女が顔を覗かせる。
「入る時に断った。…こいつが迷惑をかけたな、申し訳ない。これ食べてくれ」
颯はリンゴの詰まった袋をアレイシアに押しつけ、男の腕をひっつかんで裏口の戸を蹴り開けて裏道に消えた。
 アレイシアは男が焼いていったアップルパイをほおばりつつ、裏道に響く怒号に首を傾げる。

Fin.
100123