娘には分からない

 別居中の人妻と、恋人と死別したばかりの男と、そして自分と。通りがけに露店に並ぶ姿見に映った自分達を見て、イオレは溜息をついた。確かに家族に見える。どの町に行っても、家族に間違われる事に慣れたつもりだったが、やはりいまいち釈然としない。年齢で見たらそうかもしれないけど――いや、人妻――セピアと男――カーターはそんなに年上には見えない筈だ。それとも自分が幼く見られているんだろうか。17になるのに。
「ね、イオレ?」
ふと気付けばセピアが振り返っている。ゆるくウェーブのかかった長い黒髪と、じっと相手を観察する青い眼は良くも悪くも大人の女で、イオレは決して短い付き合いでもないのにこの眼に怯んでしまう。
「へ? あ、何ですか?」
「イオレの両親が、すごく仲が良かったって聞いたから」
「あー、えっと、」
 誰から聞いたんだろう。両親の事を二人とも知っている人は限られていて、二人でいるのを娘の自分でさえ外では見た事がほとんどなかったのに。
「いえ、あの、誰に聞いたんだろうって、考えていただけですから……。仲は良かったと思いますよ。多分」
 両親は娘から見ても美男美女で、自分が若い頃の子供だから仲は良かったんだろうとは思う。ただ、十年以上離れていたから、イオレには父親の事は分かっても、母親と、母親に対する父親がどうだったかはよく分からない。
「あらそうなの?」
「一度聞いてみた事はあるんですけど……」

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 お父さんと仲はいいの? そう聞いて、聞いた途端イオレは後悔した。
 母親――颯は振り返った姿勢のままぴたり、止まった。
「ああー、えっと」
 颯は天井を仰いで、
「悪くはない。多分」
 一人うんうんと頷いている。
「じゃ、じゃあ、どこが良かったの? お父さんの。だらしないし何考えてるかわかんないじゃない?」
「は? そうだな……器用な所、かな」
 器用。イオレの父親に対するイメージとは大分異なる。確かに手先は器用だけれど、不器用なイメージの方が強い。
「その様子だと随分不器用に生きてきたんだなあ……」

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 今思い出してみても、良く分からない。あの父親が器用だったとはとても思えないし、母親の方が器用だったように思う。
「……母は父の器用な所が好きだったみたいで」
「それって、どういう意味?」
「よくわからないんです。随分不器用に生きてたんだなあって、母は父の事をそう言ってましたけど」
 ふうん。セピアは納得したふうに頷く。
「どういう意味なんですか?」
「生き方って事よ」
 生き方? 反復してもセピアは子供を見る眼で見降ろすだけで何も教えてくれない。

fin.
120225