竜の交渉術

 寒い。ああ寒い。寒いなー。と、ソロリが声に出したところで、やっとセイジがヒーターを手放した。ゲットンが、ずるい! 文句を言ってセイジの手にまとわりつくが、人間の少年の掌より少し大きいだけのドラゴンであるゲットンはすぐに振り払われてしまう。ソロリはしめしめ、葉を咀嚼しながらヒーターが傍に来るのを待った。
「仕方ないだろ、ソロリはお前みたいに皮が厚くないんだから」
「なんだよ、草食だからっていつもあいつばっかり! だったらオレにも生肉くれよ! 肉食なんだから!」
「それとこれとは別なの!」
 ゲットンは火の様にあかい色をしていて、頭から翼から尻尾の先までトゲトゲしている。セイジ曰く人間が触ってもそんなに痛くはないらしい。でも、今みたいに手から腕から、首、頭、顔に情け遠慮なく纏わり付かれるとかなりくすぐったいとも言っていた。ゲットンは振り払われてもめげずに、持ち運びできる小型ヒーターを運ぶセイジに抗議した。
「寒いなー。このまま弱っちゃったら、言っちゃうかもなー」
 あの本のこと。
 この様子だとセイジはゲットンの相手ばかりでヒーターのことを忘れてしまう。ソロリは追い討ちをかけた。あの本とは、人間の少年が後生大事にしている雑誌のことだ。ベッドの下に隠してある。母親にはバレているのだが、彼はそれを知らない。
 セイジは慌てふためいて、ソロリに駆け寄った。ゲージが開き、古くてちかちかする小型のハロゲンヒーターが中に置かれた。じっとり、光の当たる部分が熱を持っていく。ソロリはこの、年季の入ったヒーターの光が好きだった。重ねた年の分だけ暖かみが増しているような風情がある。実際はその逆だと体感で知っているのだけれど。
「なんだよー。あの性悪草食獣なんか気にすんなよー。頼むよー。なーまーにーくー」
 ゲットンは肉食でありながら、すっかりセイジに飼い慣らされている。髪を引っ張ったり、手や腕にまとわりつきはするが、爪も牙もたてない。あれで草食を馬鹿にされても説得力の欠片も無い。しかし、セイジはそんなゲットンが好きみたいに、ソロリには見えた。
「仕方ないなあ」
「やった!」
「ほんのちょっとだけだからな」
 ゲットンはセイジの頭で髪の毛の絡まったまま、少年と一緒に部屋を出て行ってしまう。ソロリは葉を咀嚼しながら見送った。草食だから、眠っている間以外はずっと食べ続けていないと体が弱ってしまう。肉食のゲットンに食べられないように、との配慮でもあるこのゲージは、最近狭く感じることがある。別に、外が羨ましいわけではないのだけど。
 年老いたハロゲンヒーターの光にはムラがある。光の当たる場所を変えてはいるが、熱いものは熱い。常に食べ続ける葉がゲージに詰まっていて、熱気が非常に籠もる。
 セイジが部屋に帰ってくるまでの我慢だ。だが、待てど待てど、なかなか帰ってこない。
「あつい。あーつーいー! 暑いわ!」
 ソロリがひとりでヒーター相手にぶつける文句が、虚しく響いている。

160220
第84回フリーランライに参加したもの。
お題:お願い、お強請、あらお上手
   ベッドの下のあの本
   肉食と草食
   「寒い」で始まって「暑いわ」で終わる
   年老いた光