これは夢だな。出会ったそれぞれが、それぞれそういった結論を出したところで十人前はあろうかというパフェが現れた。ご丁寧に、この夢に居合わせた人数分のイスと大きな丸いテーブル付きだ。
 男が三人に女が六人、くろい竜が一匹。うち少女が二人。
 パフェに釣られて最初に席に着いたのは和服の少女だった。その保護者らしい禿頭の男が後に続いた。もう一人の少女もパフェに眼が釘付けだったが、同じあおい髪をした父親に止められて近づけずにいる。母親のほうは様子見に徹しているようだ。
 この家族が窺っているのは間違いなく自分なのだろう。皐月は少しがっかりした。これが夢であるなら、あの男――きつく睨み付けてくる、少女の父親と、こんなところでまで顔を合わせたくなかった。
 このままというのも面白くない。夢なら夢なりに楽しんだ者勝ちだ。ちょうど人数分パフェとかいうお題があることだし、甘い物は好きだ。
 皐月は先に席に着いていた二人の真向かいに座った。
 いいじゃん、言い合いをする家族の声が近づいてきて、顔も見たくない男が皐月の左隣、席を一つ空けて、娘より先に席を取った。ぴいぴい言う娘を無視して、またひとつ席を空け母親が座る。和服の少女の隣だ。あおい髪の少女は両親に挟まれた席に座った。
 世界線という言葉があるが、これは一体どの世界線の夢だろう。皐月はますます気になった。和服の少女の隣に座った女性は娘と違いくろ髪だが、皐月の知る彼女は長い髪をまとめ上げているか一つにまとめる。邪魔だからだが、この夢に出現した彼女は髪をおろしている。顔の、向かって右半分を覆う包帯のせいだろうか。
 その顔を、和服の少女が見上げ、首を傾げる。なにか言ったようだ。皐月には聞こえなかった。少女の隣に座る男にも聞こえていなかったらしい。女が少女に微笑み返して頭を撫でるのを驚愕の表情で見ている。
 ぎ、イスを引く音がして、右側を見遣ると女が二人に小型の竜が一匹。薄いベージュ髪の女性は三つしかない席を前におろおろとして、もう一人の女性が皐月の右隣のイスを引いたのだった。おとなり、失礼します。言って座った女性も皐月の知るものとは少し違った。元より成人だから大人ではあるのだが、ずっと余裕の感じられる雰囲気になっている。
 おろおろしていた女性がその隣に、竜がその隣、禿頭の男の隣に降り立った。
「私が最後ね。じゃあここ」
 最後に席に着いたのは紅い上着を着た黒髪の少女だった。
 丸いテーブルの中央に巨大なパフェが鎮座している。透明のバケツ型容器に層をなす生クリームとフルーツ、突き立つ数多のソフトクリームコーン。ケーキとチョコ菓子、峰のようなソフトクリームと隙間を埋め尽くす生クリーム。
 禿頭の男がパフェを見るだけで吐きそうな顔をしているのが面白い。これは何ですか、きょとんとして竜に問う薄ベージュの女性に、皐月の右隣の女性が答え解説しているのもなかなか傍から見ている分には楽しめそうだった。あの竜もまた、皐月と同じことを考えているに違い無い。これはどの世界線だろうと。真面目な竜のことだから、頭の中はそればかりでいっぱいだろう。
 禿頭の男が場を仕切ろうとしてなし崩しになり、結局年齢順に好きな分量取ることになった。
 一番手は誰の眼から見ても和服の少女である。大人しくじっとしていた少女は目の前にパフェが来ると無表情ながら瞳を輝かせた。いつの間にか人数分出現していた取り皿にごってり生クリームを中心とした一塊を山盛りにする。
「ねえ、このままじゃあつまらないじゃない? 自分の番が回ってきたら自己紹介しましょ」
 提案したのは紅い上着の少女だ。これには賛同も拒否の声も上がらなかった。
「彼女は桜花という。生き別れの家族を探している」
 和服の少女の紹介をしたのは禿頭の男だった。簡素な紹介に言い出しっぺは満足していなかった様だが、彼はそれを無視する。
 パフェは次の手に渡る。母親の手を払ってパフェを引きよせたあおい髪の少女は一言。
「イオレ・ローレンツ」
 声がぶっきらぼうなのは両親に対する反発だろう。紅い上着の少女が自慢げに付け足す。私の弟子よ。
 その、見た目だけは少女の紅い上着の少女がパフェを引きよせるのを奪った手があった。皐月の右隣の女性だ。
「導師様は、もっと後ですよね?」
 笑顔で問いかけているにも関わらず、有無を言わせず彼女は薄ベージュの女性にパフェを回した。
 女性はパフェを前に少しわたわたして、
「オフィーリアと申します。竜の召喚のため日々研鑽中の魔術師です」
 一同を見回す。穏やかな物腰、静かな声音の響きが不思議と心地よい、きれいな女性だ。彼女はすぐさま竜に向き直って、
「ナディアはどれがいいですか?」
 一方の竜は心ここにあらずだ。気のない返事にオフィーリアがふくれ、隣に座る女性がフォローを出す。
「ナディアには残りを片付けさせますから、オフィーリアさんは気になられたものをお取りいただいて大丈夫ですよ」
「いえ、私も初めて目にした食べ物ですから・・・・・・」
「ちょっとレイ! 上司を差し置いてなにその馬鹿丁寧なの!!」
「導師様はちょっと黙ってて下さい!」
 そうだ、私まで蔑ろにしたな! ここで便乗を始めた竜と紅い上着の少女に挟まれ、皐月の右隣に座った女性はきいきい言い返す。その渦中でオフィーリアはパフェの中間層からフルーツを発掘し始めた。
「次はどなたですか?」
 オフィーリアがのんびり声を上げたのはしばらく経ってからのことだ。それまで言い合いは続いていた。私です。言い合いをその一言でぴしゃりと終わらせて、女性は紅い上着の少女からパフェを再び奪った。
「お見苦しいところを見せてしまい申し訳ありません。アレイシアといいます。彼女の助手で、その竜の連れです」
 彼女、と言って紅い上着の少女を指し示す。手早くパフェをよそったアレイシアはパフェを上司から遠ざけながら、次を探しているようだ。
 テーブルの反対側で手が挙がった。イオレの母親だ。
「白伊颯。イオレの母親だ」
 彼女にはいくつかの偽名がある。どれも姓だけが違うものだが、まさか本物を言うとは。皐月は面食らった。
 颯はソフトクリームコーンを一つ取って次にまわす。
「同じく、父親。瑠璃流風」
 娘と同じあおい髪をした男は飄々とパフェを皐月に押しやった。彼が取ったのはチョコ菓子ひとつだ。
 この、付き合いを拒否した上から目線がいつになってもむかつく男だった。皐月は三分の二残っているパフェの一山を削り取った。マカロンが埋まっている。
「朱伊皐月。医者です」
 皐月は無難に自己紹介を切り上げた。テーブルの向こうの、大柄と小柄の二人と眼が合ったが、知らんぷりをする。これは夢だ。どの世界線だろうが、彼女らと話すべき時ではない。
 アレイシアが上司をまたも飛ばし、禿頭の男にパフェがまわる。目前にして厳めしい表情をした彼は、桜花に袖を引かれて少女の皿が空になったことに気がつくと、表層の具とクリームをこれでもかと皿に盛り上げて桜花へ押しやった。
「メイズ・ホウエル。一族の仇を探している」
 やっとアレイシアの上司へパフェが回った。
「ピア・スノウ。魔導師で、ってちょっと、コーンフレークしか残ってないんだけど!」
 ピアの非難はアレイシアにさえ届いていない。彼女はオフィーリアといちゃつく竜を睨み付けるのに忙しく、テーブルの向こう側では一家と桜花の交流が始まろうとしている。
 ああ、これは夢だ。夢に違いない。皐月は挟まれた少女相手にころころ表情を変える颯の、険の抜けきったさまに泣きそうだった。
 そうだ、これは夢だ。


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#うちの子集めて10人前特大パフェ完食できるまで帰さない