300字SS「素顔」

 う、とも、ん、ともつかない小さな呻り声が胸を震わせている。胸があつい。顔を埋めている彼女の頬が酒に火照っているからだろう。長いくろ髪の合間にあかい耳たぶを見つけ、指を這わせようか、迷って我慢した。この状態の彼女は耳に敏感すぎる。
 まだ、そんな関係ではない。だが、それならこれは。
 酒に酔った彼女の後ろ頭を撫でる。髪はごわついて指に引っかかった。その感覚も悪くない。
 昔もこうだった。酒の限界を超えると甘えたがりになる。お互いを知らないでいたこの十年の間、他の男の前でもこうだったのだろうか。それは少し我慢ならない。彼女のこの、なにも被っていない姿を見るのは僕だけでいい。
 吐くなよ。言って背中をさすった。


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