忘れないで

 あなたは、あらしっていうのよ。
 何度となく音にした言葉を反すうする。写真をなぞる感触は確かに硬く冷たいが、三歳の娘の頬に触れているような感覚がある。これは錯覚で、ただの夢想だ。

 赤ん坊を抱いた彼女の、鼻の詰まった声を思い出すことがある。
 何度となく聞いた言葉だ。彼女が娘を産んで、抱くことのできた微かな期間に繰り返し囁いていた言葉。
 鼻を詰まらせ、涙を拭くことも惜しんで、小さな娘を眼に焼き付ける姿。あの背中。ひとことひとことを刻み込もうとする声。

 お前は、嵐っていうんだ。
 まだ赤ん坊のわたしを抱いた母の写真。見る度、父の言葉を思い出す。でも父は、その名前でわたしを呼んだことがない。少なくとも、わたしの記憶の中では。


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Twitter300字SSに参加したもの。
お題:声