竜と世界と私

一章-七

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 アレイシアにはすぐ分かった。ピアはいつも通りに見えるが、いつもを装っている。
 どうだった、東に聞かれて彼女は、うーん、と歯切れの悪い返事をする。
「ひとまず、足止めには成功」
 ありがとう。礼を言って、アレイシアも平静を装った。どんな顔をしたらいいかわからない。あの竜がこの街のどこかにいていつ現れるかわからないというのと、この建物にいて出現を察知できるというのとでは、この建物にいてくれた方がずっといい。ピアだってそう考えたからそう手配したのだ。ただ、脅威がすぐ近くにいるという恐怖は大きい。
「で、レイからは直接聞いていた話じゃなかったけど、勝手に話しちゃった」
「随分勝手じゃない?」
 人の事情をあれこれ想像して詮索し、勝手に事実にして話を広めるだなんて。
「でも、あなたあんなことになっても、私にさえ話そうとしなかったでしょ」
 罪悪感からか珍しくしおらしかったピアが、彼女らしく開き直った。確かに、話すつもりはなかった。暮葉はなにか理由をつけてここに置いておくつもりだったし。
「だって、私があなたの助手になったのは竜に詳しいあなたに守って欲しいからじゃないもの」
 学生の頃、研修先にピアを選んだきっかけは彼女が竜に詳しいからだ。でも、ピアに初めて会ったときそんなことは頭の片隅にもなかった。ただ、こんなすごい人がいるのかという驚きと、この人のところにいたいという思いがあった。この人のところで研究したいだなんて高望みはしない。なんでもいい、この人の傍にいて、関わっていられるなら、なんだっていいと思ったのは後にも先にもない。だから助手になってほしいと言われてたとき、本当に嬉しかった。私はこの人に認められたのだと、天にも昇る気持ちだった。
「傍にいたいからでしょ。私は、友達になりたいのに」
「助手で十分。私があなたを当てにしていたなんて、そんな風に思われたくない」
 ピアは何かに自身を利用されることを嫌悪する。魔導師としての揺るぎない地位を持っていながら、政治的な駆け引きに疎い彼女がどんな目にあってきたか想像に難くない。そんな彼女にほんの一瞬でも、利用するつもりだなんて思われたくなかった。
「当てにするのは、友達なら当然じゃない。持ちつ持たれつ」
「友達になりましょうってこと?」
「違う違う。私たちは、友達。それを認めてってこと」
 なに、それ。思わず口を出てついた言葉と一緒に吹き出した。
「私、あなたの友達だったの?」
「私はそう思ってたけど。だからあんなにいろいろ甘えてたのに、友達じゃなかったら私ってどれだけわがままな上司なの?」
「すごく勝手な上司だと思ってた」
「ひどい! レイ、あんた友達いないでしょ」
「それはあなただって一緒じゃない。部下に友達までさせるなんて」
「いるわよ一人くらい。えーと、颯とか」
「大尉ってまだ友達に含まれるの、あなたの友達の基準て一体なに?」
 おかしい。笑いすぎて腹が痛い。痛いついでに視界が滲んで、涙が出る程笑うなんて初めてだ。
「え、ちょっと泣いてる? 泣かないでよ」
「泣いてない。笑いすぎただけ・・・・・・」
 滲んだ視界の中でピアがおろおろしているのが見える。それがおかしくて笑うのに、喉から出たのは腹の奥から引っ張られるような、しゃくり上げる音だ。笑いすぎるせいでこんなに涙が出るのか。滲んだ視界は一向に晴れない。涙が顔を伝う感覚がこそばゆくて手で拭くのに、涙に追いつかない。顎と腕を伝って肘からぽたぽた、垂れる水音がする。まさか、本当に泣いているなんて。恥ずかしい。言い訳を必死で考えて口を開いても、出るのは声にならないしゃくり上げる音だけだ。
 ちょっと、困惑するピアの声と、彼女になにやら吹き込んでいる東の声がする。
 東に押されたらしい、ピアの体が、ずい、近づいてくる。もう一歩、東の大きなささやき声に渋々ピアがおずおずと一歩踏み出した。ぎこちない手が、背に触れる。背をさする手があまりにもぎこちなくて、声も出せず肩を震わせて笑うと、ピアの手がびっくりして止まった。それがまたおかしい。涙が止まらず息が詰まって苦しいのに、また腹が痛くなってきた。どうしよう。固まったままピアが呟くのが聞こえる。もう。東が痺れをきらしたらしい。ピアの背が強く押されて、肩がアレイシアの顔に押しつけられる。
 ピアが今度こそ固まった。
「あ、はははは」
 声が出た。しゃくり上げる音の合間に、かろうじてかすれた声が出せる。
「な、なに」
 おろおろするピアがおかしくてたまらない。ここは東の演出にのっかってみよう。ピアの背に腕を回して、服を掴んだ。かちこちに固まったからだを抱き寄せると、ピアがバランスを崩してベッドに膝を着く。上着を脱いだだけの、正装のままのピアの胸は暖かく、クローゼットの埃っぽいにおいがする。
「やっぱり、友達いない」
 ふふふ。しゃくり上げながら笑って言うと、うるさい。ぶっきらぼうなピアの返事がある。背をさすり始めた手はやっぱりぎこちない。