竜と世界と私

エピローグ

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 母を尾行したのは信頼したかったからだ。信頼するための後押しが、もう一歩欲しかった。それなのに、それなのに。
 気づけばイオレはそればかり考えていた。それどころではないのに。母が楽しみにしていると言って浮かべた笑みの薄気味悪さが、全身血まみれなのに不快どころか上機嫌みたいだった気味悪さが、眼が合ったのにまるで気にされなかったときの恐ろしさが肌に張り付いてはがれない。
 こんなことでは駄目だ。しっかりしなければ。折角実験計画が上手くいっているのだ。母なんかのせいにしないで早く決断すべきだったのだ。
「じき到着です」
 軍の魔術師部隊の一人が言う。馬車には他に数人の魔術師が乗っているが、皆眼を閉じている。
 礼を言って、見直していた書面をまとめる。実験の行程は膨大だ。だからこそこれを実行できる機会を生かさなければ。
 幌の隙間から朝焼けに煙る町が見える。国境に最も近い最後の町へはもう少しだ。