竜と世界と私

三章-一

「白伊は、颯の実家だ。俺はあの家専属の医師だった」
 朱伊は開き直った。倒れていた椅子を立たせ、それに座る。
 東はそれを見て腹に力を込める。ここまで持ち込むことには成功したが、朱伊は賢い。感情にまかせて出したボロをこれ以上広げないだろう。
「連中の手引きはしてない。俺はもう白伊とは手を切った」
 白伊のスパイじゃないか。浮かんだ疑念は先手を打たれてしまう。これは本当か、判断に迷うもののどちらとも決めきれない。
 次はなんだ。もはや受けて立つ態勢の朱伊は余裕じみた表情を浮かべている。もっとうまくやれたはずが、情けない。
「それはなぜだ? 大尉殿のためなら、彼女と別れた後どうして白伊に戻らない」
「暮葉のためだ。あの子を白伊から隠しておけなくなった」
 ピアが颯から聞いたという話とも、東自身が翼から少し聞き出せた話とも違う。彼女達の話では暮葉はただ巻き込まれただけだった。彼女は彼氏の弱味として狙われたことがあると。暮葉が竜を召喚でき、それを制御できないことはそれとは別の事情だと思っていたのだが、
「それは竜と関係があるんじゃないのか」
 朱伊はなぜだか満足げに頷いた。
「白伊は暮葉が竜を呼び出せることを知らない」
 それをどうしても隠しておきたい理由があるらしい。そもそも、白伊は放蕩娘を連れ戻すにしては深追いが過ぎる。あの夜の連中はそんなことを目的にしているとはとても思えない重装備だった。そして当の颯は指揮官を含めた白伊の別働隊を全身血まみれで片付けたとみて間違いない。とても女一人でできることではない。
「大尉殿も竜を召喚できるのか」
「いや、近いけど違う。ただ、颯はあの家にとって長年待ち望んだ存在だった。人が何人死のうが関係ないくらいに」
 つまり、颯は竜の召喚はできない。だがその力を使うことはできる。白伊はそのために颯を追っているが、暮葉が竜の召喚が可能だということは知らない。兄である朱伊が隠しているからだ。いや違う。
「やっと分かった。あの子を娘より大事がるのはそのためか」
 兄である朱伊だけではない。翼も颯も、イオレでさえ、暮葉のためにその秘密を守っている。颯に至っては命まで賭けて。
「どうしてそこまでしてあの子を守る。兄貴のお前だけならまだしも、大尉殿まで」
 颯は暮葉を差し出せば白伊に追われなくなるはずだ。わざわざ庇う義理はない。
「あいつらをよく知っているからだ。颯は暮葉でなくても同じ事をする」